プロフィール

当サイトをご覧くださり、ありがとうございます。

このページをお読みくださっているあなたは、心の中に不安やつらさを抱えていらっしゃることと思います。

私自身、いつも「いい人」を演じているうちに本当の自分がわからなくなり、心身ともに疲れやすく、生きづらさを感じていました。

しかし、カウンセリングを学んだことで、ずっと抱えていた自分への失望感や不安を克服できました。そして、苦しんでいる人の支えになりたくて、カウンセラーになることを決意しました。

いつも周りの人を優先して、気遣いのできる優しいあなた

そんなあなたの心にとことん寄り添います。    

隣りにいて、一緒に前を見つめていきます。

どうかお一人で悩まずご相談ください。

私のこれまでについて知りたいと思っていただける方は、ぜひこの後もご覧ください。

小学校に通っていたある日、私の人生に大きな影響を与える出来事が起きました。

男子3人から、「優等生」「先生に贔屓されている」と、思いがけないいじめを受けたのです。

生まれて初めての驚きとショックはとても大きかった…。

小学生から中学生にかけて、いじめは数年間続きました。

毎日がとても長く、拷問のようにつらい日々でした。

また嫌なこと言われたら怖い、どうしよう… 」  

先生と話している姿を見てまた嫌なことを言われないように、できるだけ先生と話さないように気をつけました。

常に目立たないように、勉強もしないように、成績も上がらないように注意しました。

いじめは辛かったけれど、両親のことを考えると学校に行かない、という選択は出来なかった…。

学校、両親、周りの目を気にして、いつもドキドキしながら「いい子」を演じました。

周りの目が怖い … 私はいい子でいなくちゃ

小さなからだと心で、精いっぱい我慢をして、思いつめた張り詰めた毎日を送っていました。

そうして「いい子を演じているうちに、段々と自分の意思や希望といったものがわからなくなっていたのです。

私は周りに合わせ、受け流す技も覚えて、なんとなくうまく人間関係を作っていました。

プライベートでは(面倒に感じている自分の気持ちは心の奥に押し込んで)いつも友達の予定に合わせて約束をしました。

仕事では、度重なる残業を断ることが出来ず(ガッカリしたりイライラしたりする自分は押し殺して)自分の予定を先送りにして我慢をしました。

いつも常に人に気を遣い、率先して面倒ごとをする、いわゆる「イエスマン

周りの評価が良ければ、こんな私でも価値がある人間だと感じられる

自分に自信のない私は、そう考えて周囲に尽くしました。  

周りからの評価は「ただのいい人

たいしていい人でもない、ただ嫌われるのが怖いだけなのに…

嘘をついている、自分は「まやかし」の存在

一生懸命頑張っているけど、満足できない

厚い真綿にくるまれているようで息がしづらい

今生きているのが自分ではないような違和感と、他人の人生を生きているような非現実感をいつも抱えていました。

本当の自分はどんなだったっけ?本当の私はどこにいるの?

私は、まっさらな素の自分と、現実を生きている自分との違和感の中で、もがいていました。

20代の最後に結婚し、子供も授かりました。

幸せに過ごすのもつかの間、夫がうつ病を発症しました。

仕事も辞めた夫は、弱い自分のことが大嫌い

真夜中、自分がいかに存在価値のない人間なのかを訴えてきます。

自分の世界だけに没頭している夫

私の慰めや癒しの言葉を受け入れずに拒否します。

夫がこんなにつらいのだから、私もつらくて当然

私は「いい妻」となって尽くしていました。

必死に「いい妻」をしていた私は、私の『心の敷地』、夫には夫の『心の敷地』があることもわからなくなっていました。

本当ならそれぞれの『心の敷地』を大事にすることが大切なのに ‥

私は夫の『心の敷地』に当然のように入り込み、「共依存」の状況を作っていました。      そして、そのことにも気づかない…。

真夜中、暗い寝室にふたり、閉じ込められたつらい日々

ここはまるで地獄だ、地獄に閉じ込められているようだ…

暗闇の中、灯りを探して彷徨うことにも疲れた私は、自分の感情に、心に、蓋をするしかありませんでした。

子どもが中学生になり少し経った頃、不登校が始まりました。

まさか自分の子どもが」という大きなショックと驚き

自分の分身である息子に対して、自分はどうすることもできないという無力感

息子の苦しみを自分のこととすることが出来ない

息子の本当の心を理解することが出来ない

もちろん、息子の苦しむ様子を見ていることはツラかった。

それと同時に「いい母親」であったはずの、自分の無力さに失望しました。

小さな頃から息子は私ともっと一緒にいたかった。

そのことはよくわかっていました。

しかし生活を支えることに必死な私は、しっかりと正面から息子と向き合うことが出来なかったのかもしれません…

みじめだ …でも一番つらいのは息子私はどうしたらいい?

息子を心配する思い、母親としての情けないみじめな気持ち、無力感、

息子の将来への不安、様々な想いが入り混じり、怒りと不安に震えるような日々

生活や金銭的なもの、時間に余裕があったら…出口の見えない、大きな不安が心を覆いつくして、心は淀んで真っ黒になるばかりでした。

仕事は、社会保険労務士をしていました。

顧客に寄り添い、親身になって相談に乗るように心がけてきました。

忍耐のいる時間のかかる仕事も、面倒な雑務も喜んで引き受けます。

その「いい人」効果があってか、周りから感謝され、自信を持って仕事をしているように見えていたと思います。

それなのに、心は満たされませんでした。

仕事量は増えるばかり。手を抜くことが出来ない私   

私生活さえ仕事に圧されるようになりました。

おかしいな、頑張っているのに、仕事が片付いていかない。

   それどころかどんどん増えていっている…」

誰にも助けを求められないまま

苦しい、でも頑張るしかない…せめてひとつでも良いことがあったなら…

忙殺される毎日の中でもがいていました。

いい人」の私も限界を迎えていたのかもしれません。

いつもこうだよね

変われない自分を、変わらない違和感を、呪っていました。

家庭でも仕事でも、一生懸命尽くすけれど、八方塞がりで状況が好転しない。

周りからも自分が思ったようには評価されない。

そもそも周りは私になんて興味がない。

私だけがなにかを間違えている?」

私が悪いから、周りの人が苦しむんだ…」

私が八方塞がりだから、家族を幸せにできない…」

自分がもどかしく、憤りを感じるけれど、なにも解決できない。

自分への失望感が大きくなり、自分の存在を否定するようになっていました。

消えてなくなりたい…

希望が見えない

力なく、ただ悲しい気持ちでした。

不登校の息子をカウンセラーに見てもらうことになり、私も同席することになりました。

若い男性のカウンセラーです。

初めて会った時はカウンセラーと息子の真剣勝負、まさに静寂なる闘いでした。

息子の言葉を少しでも違えて受け取れば、カウンセラーは永遠に信頼を得ることが出来ない。

カウンセラーの覚悟が伝わってきて、私も緊張感で体に力が入り硬直していました。

そうして初回のカウンセリングがうまくいき、それから半年くらいカウンセラーのもとにカウンセリングに通い、通学もしました。

息子のカウンセラーは、優しく微笑みながら話を聴いてくれます。

決して無理に踏み込むことをせず、指示的なことも言わず、ただ寄り添ってくれます。

この姿勢は年齢も性別も関係ない、素晴らしいものだと感じました。

私はカウンセラーの姿勢を見て

自分自身が満足できる、自分自身の生きる姿勢 みたいなものを 改めて考えてみようと思いました。

受け入れてくれる存在に出会い、息子は少しずつ、明るさと自信を取り戻していきました。

カウンセラーとの出会いが、息子だけでなく、私にも一筋の明るい光をくれたのです。

カウンセラーとの出会いをきっかけに、自分自身が満足して生きることができる姿勢のようなもの、について考え始めました。

年齢も性別も関係ない、心が満足するようななにかを探したかった。

そのためにまず自分の心に寄り添い、自分の感情を知ろうと思いました。

最初は難しかったのですが、少しずつ寄り添ううちに、苦しんでいるもうひとりの私が抱えていたつらい気持ちを話すようになってきたのです。

まるで親友のような家族のような、味方を得たかのように・・

ひとりでつらかったね」    

私は温かな涙を流し続け、温かな気持ちを心の中に積もらせていきました。

自分の中にあった『自分は小さな人間』という強い思い。

人を妬んだり、人と比較し自分だけが損をしているという感情が、とてもみにくくて嫌いだった。

それでも私は『小さな人間』である自分を許すことにしました。

すると、人に対して妬むような黒い気持ちが、少しずつなくなっていくのを感じました。

それとともに、次第に人間関係も良くなり、人から頼られたり相談されたりするようになりました。

友人達が苦しいとき、親身になり寄り添いました。

友人は「すごく癒された」と言って笑顔を見せてくれました。

私は無意識に、あのカウンセラーの顔を思い浮かべていました。

カウンセラーによって息子が元気を取り戻したことは、私にとって大きな救いであり、財産となりました。この想いを他の人にも少し渡すことが出来たら…

もしかしたらこんな私にも何か出来ることがあるかもしれない

カウンセラーになって、苦しんでいる人を少しでも救いたい、という気持ちが芽生え、少しずつ膨らんでいきました。

自分を受容できるようになった頃から、苦しかった家族との関係も、穏やかなものに変わっていきました。

少しのことに一喜一憂することがなくなり、ゆったりとした気持ちを持つようになりました。

私が穏やかにゆったりと構えていれば、周りの人たちも安心します。

なにもない、でも穏やかな毎日が私の幸せだ 」   

それでも…生きていく限り、これからも不安や焦りの感情、それはきっと永遠に消えないでしょう。

小さな不安、小さな恐れ、それは自分が「小さな人間」だから、では決してありません。     

それらの感情は、自分を成長させる大きなチャンス」なのかもしれません。

まずは自分自身の心の声に耳を傾けてみましょう。

芽生えた想いや感情を心の奥底に押し込むことなく、揺れる小さな感情に、丁寧に向き合いましょう。

私は「小さな人間」である自分が恥ずかしくて、打ち明けられなかった。

この世の中には完璧な人間はいない、スーパーマンもいない…

いつだったか、かのカウンセラーがそう言っていました。

 「 いい人でいる必要はない。もう自分を後回しにしたくない ! 」 

だから、恥ずかしがらずに、信頼できる人を頼っていいんです。

ここからは遠回りをしないで、自分が思い描く人生を生きていけるよう、信頼できる人を頼りましょう。

私もこれからは、信頼できるカウンセラーを頼りたいと思います。